*都立戸山高校・1956(昭31)年卒業生の資料 画面右の×印で閉じます。   昭和31年卒のページにはここから   Count = 1543
高田馬場にある江戸時代からの酒屋『小倉屋(こくらや)』の当主:同期・栗林さんのご案内で「第5回 ヤアヤア会都内散策の会」を実施しました。 テーマは『隅田川のお花見』です。江戸時代にも「テーマパーク」やら「イベント」やらがあったのだと感じました。
同期・野口武彦さんの著作『江戸の風格(日本経済新聞出版社)』(→)も参考にしました。
  • 日時:2010年4月11日(日)午前10時より
  • 集合場所:地下鉄銀座線「浅草駅」下車 四番出口を出て西へ歩く・浅草雷門交番前
  • 皆さんの撮った写真で、このホームページを完成させました。
  • 写真撮影場所の緯度・経度を計測し、グーグル地図にマーカーを標示してあります。そのマーカーにマウスを乗せると説明が出ます。
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言問団子
浅草駅・4番出口
浅草雷門
五重塔跡・ご神木
お神輿
隅田公園
言問橋・スカイツリー
三囲神社
隅田川七福神
隅田公園少年野球場
桜 橋
 

「言問団子」
明治4年に売り出された「言問団子」です。今回の散策のお土産にしました。昭和3年に架橋された「言問橋」の名前の由来となったとの説があります。
観光・物見遊山とお土産・名物は斬っても切れない関係で、商品開発・マーケッティング・ネーミングの見本のように思います。

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「東京メトロ:浅草駅・4番出口」
待ち合わせ場所の東京メトロ浅草駅の4番出口を出ると、隅田川河畔で、吾妻橋と、浅草寺への案内があります。

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「浅草雷門」
金龍山・浅草寺の入口の門です。この門は、慶應元年(1865年)焼失のものを、パナソニックの松下幸之助氏が昭和35年に寄贈し再建したとのこと。風神・雷神の像があることから、「風雷神門=雷門」と言うそうです。このお寺は伝承では、近くの川(隅田川)の漁師の網に聖観音像がかかり、其れを祀った、時は628年(推古天皇)とのこと。更に、江戸時代は徳川家康・家光により保護されました。wikipedia画像 参道には「仲見世」があり、お土産屋など賑わっています。当日は、外国人観光客で賑わっていあました。

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「昔の五重塔跡 ご神木の銀杏」
本堂の東側に五重塔跡があります。1648年建立〜1945年空襲で焼失。傍らに、古い銀杏の木がご神木でした。鎌倉八幡宮の大銀杏の話題もあり、参加者が『銀杏は仏教と共に中国から伝来』と、歴史を感じておりました。

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「お寺の傍に、お神輿」
「聖観音菩薩」を祭る浅草寺の脇に、神社があって「立派なお神輿」があります。漁師が発見した仏像を祀るお寺を建てた後、更に観音様のお告げがあり、漁師達三人(後に+徳川家康+大国主命)を祀ったのが、浅草神社で「三人を祀るので通称:三社さま、従いお祭りは三社祭りで、お神輿は三台です。現存社殿は徳川家光寄進(1649年)とのこと、神社の起こりは鎌倉時代とされます。

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「隅田公園」
浅草寺・浅草神社から隅田川添いに歩くと隅田公園にでます。川下に向って右側の右岸:台東区浅草と左側の:墨田区向島にまたがる、東京都の公園です。八代将軍吉宗が江戸民衆の名所とすべく桜をうえました。他に、隅田川花火大会の会場でもあります。

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「言問橋と東京スカイツリー」
対岸にわたる為に、「言問橋」を渡ると丁度正面に、建設中の東京スカイツリーが見えます。野口先生の書物によれば『在原業平の東下り(862年)は十数人の供をつれ、馬に乗った官費旅行』で、コースは『国府(現府中市)から東に向い、今の杉並区天沼・北区西ヶ原を経て、台東区橋場付近で隅田川を渡り、墨田区向島辺に至ったと推定』とのこと。言問いの渡し・業平橋・言問橋などは後世の創作とのこと(Page174)です。

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「三囲神社(みめぐり神社)」
言問橋で対岸・向島に渡り、「撫で牛」で知られる牛島神社を過ぎると、江戸時代の文人墨客の碑がある「みめぐり神社=三囲神社」があります。この神社は近江・三井寺の僧が祠を再建の時に白狐が現れ三回巡ったため「みめぐり」と呼ばれるとか。野口先生の書物にも、赤い涎掛けの狐(←)がカワイイと記述。 まつられる倉稲魂尊(うがのみたまのみこと) は、穀物・食物の神=お稲荷さんとのこと。
また、元禄六年の日照りの際に、雨乞い祭に来合わせた「俳人宝井基角」が、農民の求めに応じて『夕立や、田を見めぐりの、神ならば』と「豊か=ゆ・た・か」をおりこんだ俳句を即吟し、雨を呼んだ。との言い伝えあり、句碑もある(Page126)。とのこと。
江戸時代に京都の豪商三井氏(越後屋・後の三越:デパート屋上に祀る)が江戸進出にあたり守護神とし店に祀り、、その縁で三井家先祖をまつる「顕名神社」・「池袋三越店閉鎖に伴い引き取ったライオン像(←)」などがありました。
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「隅田川七福神:江戸時代のテーマパーク」
江戸時代の隅田川河畔・向島辺りは市中から日帰り出来る行楽地でした。文化元年(1804)頃に仙台出身の骨董商『 佐原鞠塢(さはら きくう) 』が某旗本の屋敷跡を購入し「梅・春の七草・秋の七草・万葉集の草花など」を植えて『百花園』として公開し人気を得ました。更に『隅田川焼きという焼き物』や『寿星梅という梅干』を名物として販売、近くのお寺を組合わせて『隅田川七福神』を創設し、物見遊山の客を集めたとのことです。
以下:各社寺のページをリンクします。 三囲神社(恵比須・大国神)・弘福寺(布袋尊)・長命寺(弁財天)・百花園(福禄寿尊)・白鬚神社(寿老神)・多聞寺(毘沙門天)などです。現在でも正月に「隅田川七福遊び」を開催しています。

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「隅田公園少年野球場」
川岸に子供用の野球場がありました。『この少年野球場は, 昭和24年・・・, 有志や子ども 達の荒地整備による汗の結晶として誕生した 日本で最初の少年野球場です。・・・ 巨人軍王貞治氏もこの 球場から育った一人です。     昭和61年3月   墨田区教育委員会』とありました。元気な選手たちとすれ違いました。
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  「桜 橋」
帰り道は、台東区と墨田区の費用折半で1985年に完成した「桜 橋=人専用橋」を渡りました。
お土産には「長命寺の桜餅」と「言問団子」としました。



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