*都立戸山高校・1956(昭31)年卒業生の資料 画面右の×印で閉じます。   昭和31年卒のページにはここから   Count = 1880

戸山高校31年卒やあやあ会の散策として、12月の皇居東御苑を訪ねました。地下鉄竹橋駅そばの「平川門」から入ります。 前回の散策はこちら

12月の東御苑は、紅葉は華やかですが、花は少なく感じました。しかし、ツバキ(椿)園の「赤西王母=アカセイオウボ」が咲いていました。12月ですから花以外の話題として「忠臣蔵関連」を掲載します。
  同期・野口武彦さんの「忠臣蔵 赤穂事件・史実の肉声(→)」 によると『当日・午前11時ころ、江戸城・松の廊下で刃傷を起した浅野内匠介は、午後2時ころには、罪人として檻送の駕籠に乗せられ、錠をかけ更に網をかぶせられて、江戸城平川門から、田村右京太夫の屋敷(現在の西新橋二丁目)に送られ、午後六時ころ切腹させられたとのこと。
  東御苑には、騒ぎの舞台「松の廊下あと」やら「平川門付属の罪人など専用の門=不浄門」が残っています。 なお「絵島・生島事件の大奥年寄り・絵島」も、この門から履き物を許されず素足で引き出されたとされています。

日時:2010年12月15日(水)

  • 交通:地下鉄東西線・竹橋下車
  • 写真撮影場所の緯度・経度を計測し、グーグル地図にマーカーを標示してあります。そのマーカーにマウスを乗せると説明が出ます。
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つばき:赤西王母:花
つばき:赤西王母:名札・樹
ツバキ園説明
松の大廊下跡
江戸城・大奥跡
平川口の不浄門
つばき:赤西王母

「つばき:赤西王母:花」

花の色は鮮赤色、一重咲き、開花期:冬から春、とのこと。
なお、西王母は中国伝説の女仙・不老不死の仙桃を管理する。西遊記では、その桃を孫悟空が食べてしまう。

(クリックで拡大)

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「つばき:赤西王母:名札・樹」

Webによると「ツバキ(椿)は、ツバキ科ツバキ属の植物の総称。日本では室町時代から鑑賞用に寺社・大名・公家などで栽培された。ツバキをヨーロッパに紹介したイエスズ会士の名前に因んで「カメル」と名付けられ、19世紀には園芸植物として流行した。オペラ『椿姫』は、流行の先端を行く女性の物語とのこと。
(クリックで樹木の全体)

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「ツバキ園説明」

表示の文言:『このツバキ園には20種類以上のツバキがあり、10月から5月まで花を楽しむことができます。ツバキは日本各地に自生しており、江戸時代から多くの園芸品種が作り出され、多くの人に花が愛されてきました』。
花の大きさの分類など精緻です。 (←クリックで超拡大・読めます)

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「松の大廊下跡」

野口武彦さんの、前掲書によると「松の廊下」とは、江戸城本丸の大広間(御殿=400畳強、将軍宣下・年始など公式行事に使用)、と白書院(御殿=120畳、将軍と大名との面会・勅使の供応に使用)とを繋ぐ、長さ約50メートル・巾約5メートルの廊下である。将軍との対面に向う「ハレの通路」でもあり、忠臣蔵の舞台でもあった。

(←クリックで錦絵部分超拡大)

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「江戸城・大奥跡」

江戸城の「大奥」とは、将軍が政務をとる「表」、将軍の私的居住空間「中奥=小姓・近習など男子が奉仕」に対し、将軍の正妻=御台所を中心とする女性のみの空間で、年寄・上臈など奥女中など数百人、総勢約3000人の女性が暮らす場所であった、東御苑の一角を占めていた、とのこと。

(クリックで拡大)

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平川口の不浄門

「平川口の不浄門」

写真の左が正式の門、奥にみえるのが小さな門で、城内から死骸(廃棄物)やら罪人をこの門から城外に出した。そのため不浄門とも呼ばれたとのこと。
「日本語の穢れ・不浄」が「キリスト教/ユダヤ教の罪」と類似との説もあり、「不浄」は世界的に多くの文化で見られる概念とされる。

(クリックで拡大)

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