*都立戸山高校・1956(昭31)年卒業生の資料 画面右の×印で閉じます。   昭和31年卒のページにはここから   Count = 1815

戸山高校31年卒やあやあ会の散策として、新春の皇居東御苑を訪ねました。地下鉄竹橋駅そばの「平川門」から入ります。 前回の散策はこちら

新春1月の東御苑は、早くも紅梅・「八重寒紅」が咲いていました、平川門入口の「梅林坂」は、文字どうり紅梅・白梅で、もうすぐ埋まるでしょう。
 前月一輪だったツバキ(椿)園のツバキは「赤西王母=アカセイオウボ」に続き「乙姫=オトヒメ」「さつま紅=サツマクレナイ」「楼蘭=ロウラン」「蝦夷錦=エゾニシキ」「羽衣=ハゴロモ」「光源氏=光源氏」「紅乙女=コウオトメ」が咲いていました。

同期・野口武彦先生の「江戸の風格→」には、江戸時代に武士(同心)の内職としてツツジやキクの栽培が行われた。例えば、戸山高校近くの西大久保は幕府鉄砲百人組同心の組屋敷地(試射場)があり、明治には戸山ケ原陸軍錬兵所の射撃訓練所となり、第二次大戦後は一時米軍に引き継がれたが、 鉄砲百人組は内職としてツツジの栽培・改良を行い、「大久保にツツジ」として有名であった、との記述があります。

日時:2010年1月19日(水)

  • 交通:地下鉄東西線・竹橋下車
  • 写真撮影場所の緯度・経度を計測し、グーグル地図にマーカーを標示してあります。そのマーカーにマウスを乗せると説明が出ます。
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梅 林 坂
ウメ:八重寒梅
ツバキ:乙姫
ツバキ:さつま紅
ツバキ:楼蘭
ツバキ:蝦夷錦
ツバキ:羽衣
ツバキ:光源氏
ツバキ:紅乙女

「梅 林 坂」

梅林坂とは、平川門を入り、本丸方面につづく坂道である。梅林にかこまれることから、この名前がある。起源として大田道灌が1478年に最初の江戸城を築造した蔡に、「天神=菅原道真」の社を祀り紅梅・白梅数百本を植えたと伝えられるが、この場所かどうかは定かでない。現在あるものは、昭和42年(1967)に植えられたもので坂のあたりに50本あまりの梅ノ木がある、とのこと。

(クリックで拡大)

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「ウメ:八重寒梅:名札・花」

今回咲いていた名前が明確な花が「八重寒梅」でした。
Webによると「ウメの英語名は Japanese apricot 幕末のシーボルトがヨーロッパに伝えたとか、<花言葉>は忠実、気品 だそうです。
和歌山県日高郡南部川村の「梅の月向農園」のホームページ「なんでも梅学」が、非常に充実しています。
(クリックで花拡大)

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「ツバキ:乙姫:名札・花」

一方、前回の続きの「ツバキ」も花・つぼみが増えていました。
ネットによれば:オトヒメは濃桃色地 白斑入り 一重 猪口咲き 侘芯 極小輪とのこと。
なお「ネットによると」とは「ウイキベディア」とホームページ「和みの庭」からの引用です。

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「ツバキ:さつま紅:名札・花」

ネットによれば:濃紅色 八重〜千重咲き 中大輪とのこと。




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「ツバキ:楼蘭:名札・花」

ネットによれば:桃地に底白 一重 椀咲き 筒しべ 中輪とのこと。

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「ツバキ:蝦夷錦:名札・花」

ネットによると:白〜淡桃色地 濃紅色縦〜小絞り 八重咲き 筒しべ 中輪。
様々な色の花が咲く様子から シーボルトは「トライカラー」と名付けて 帰国時にヨーロッパに持ち帰っている、とのこと。

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「ツバキ:羽衣:名札・花」

ネットによると:鴇色、蓮華咲、八重、筒しべ、中・大輪
1859年の「椿伊呂波名寄色附」に記載される江戸古種、とのこと。

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「ツバキ:光源氏:名札・花」

ネットによると:淡紅色地 紅縦絞り 白覆輪 牡丹咲き 散りしべ 大輪
1859年の「椿伊呂波名寄色附」に載る古い品種、とのこと。。

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「ツバキ:紅乙女:名札・花」
ネットによると:濃紅色 八〜千重咲き 中輪
1859年の「椿伊呂波名寄色附」に載る古い品種。英名は「チャフル」江戸時代にシーボルトが持ち帰り そう名付けたとのこと。

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