*都立戸山高校・1956(昭31)年卒業生の資料 画面右の×印で閉じます。   昭和31年卒のページにはここから   Count = 1676

戸山高校31年卒やあやあ会の散策として、2月の皇居東御苑を訪ねました。地下鉄竹橋駅そばの「平川門」から入ります。 前回の散策はこちら

2月の東御苑は、「福寿草」が咲いていました、ツバキ(椿)園のツバキは「楼蘭=ロウラン」「さつま紅=サツマクレナイ」「赤西王母=アカセイオウボ」「乙姫=オトヒメ」「紅乙女=コウオトメ」が咲き、平川門入口の「梅林坂」は紅梅・白梅で埋まっていました。

同期・野口武彦先生の「江戸の風格→」には、江戸時代に武士(同心)の内職としてツツジやキクの栽培が行われた。例えば、戸山高校近くの西大久保は幕府鉄砲百人組同心の組屋敷地(試射場)があり、明治には戸山ケ原陸軍錬兵所の射撃訓練所となり、第二次大戦後は一時米軍に引き継がれたが、 鉄砲百人組は内職としてツツジの栽培・改良を行い、「大久保にツツジ」として有名であった、との記述があります。

日時:2010年1月19日(水)

  • 交通:地下鉄東西線・竹橋下車
  • 写真撮影場所の緯度・経度を計測し、グーグル地図にマーカーを標示してあります。そのマーカーにマウスを乗せると説明が出ます。
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福 寿 草
福寿草:花
ツバキ:楼蘭
ツバキ:さつま紅
ツバキ:赤西王母
ツバキ:乙姫
ツバキ:紅乙女
ウメ:梅林坂
ウメ:梅林坂2

「福寿草:名札」

ネットによれば:キンポウゲ科の多年草。春を告げる花の代表であり、元日草(ガンジツソウ)や朔日草(ツイタチソウ)の別名をもつ。 福寿草という和名もまた新春を祝う意味がある。江戸時代より多数の園芸品種も作られている古典園芸植物で、緋色や緑色の花をつける品種もある。
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「福寿草・花」

花期は初春であり、3-4cmの黄色い花を咲かせる。当初は茎が伸びず、包に包まれた短い茎の上に花だけがつくが、次第に茎や葉が伸び、いくつかの花を咲かせる。この花は太陽光に応じて開閉(日光が当たると開き、日が陰ると閉じる)する。夏になると地上部が枯れる。つまり初春に花を咲かせ、夏までに光合成をおこない、それから春までを地下で過ごす、典型的なスプリング・エフェメラルである、とのこと。
(クリックで花拡大)

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「ツバキ:楼蘭:名札・花」


ネットによれば:桃地に底白 一重 椀咲き 筒しべ 中輪とのこと。

なお「ネットによると」とは「ウイキベディア」とホームページ「和みの庭」からの引用です。

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「ツバキ:さつま紅:名札・花」

ネットによれば:濃紅色 八重〜千重咲き 中大輪とのこと。




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「ツバキ:赤西王母:名札・花」

花の色は鮮赤色、一重咲き、筒〜ラッパ咲き、筒しべ、中輪
開花期:冬から春、とのこと。
なお、西王母は中国伝説の女仙・不老不死の仙桃を管理する。西遊記では、その桃を孫悟空が食べてしまう。

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「ツバキ:乙姫:名札・花」

ネットによると: 濃桃色地 白斑入り 一重 猪口咲き 侘芯 極小輪とのこと。

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「ツバキ:紅乙女:名札・花」

ネットによると:濃紅色 八〜千重咲き 中輪
1859年の「椿伊呂波名寄色附」に載る古い品種。英名は「チャフル」江戸時代にシーボルトが持ち帰り そう名付けたとのこと

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「ウメ:梅林坂」

梅林坂とは、平川門を入り、本丸方面につづく坂道である。梅林にかこまれることから、この名前がある。起源として大田道灌が1478年に最初の江戸城を築造した蔡に、「天神=菅原道真」の社を祀り紅梅・白梅数百本を植えたと伝えられるが、この場所かどうかは定かでない。現在あるものは、昭和42年(1967)に植えられたもので坂のあたりに50本あまりの梅ノ木がある、とのこと。

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「ウメ:梅林坂」
Webによると「ウメの英語名は Japanese apricot 幕末のシーボルトがヨーロッパに伝えたとか、<花言葉>は忠実、気品 だそうです。
和歌山県日高郡南部川村の「梅の月向農園」のホームページ「なんでも梅学」が、非常に充実しています。

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